その昔、多くの事業者、特に中小企業においては、マーケティングと営業の違いはそれほど明確ではありませんでした。確かに、事業者の規模にもより、人員的にマーケティングと営業を分けることができないということもあります。しかし、少なくとも、マーケティングと営業の違いだけはしっかりと理解し、その上で販売を考え、組み立てる必要性はあります。
そもそも、販売は営業が主導するもので、見込客発掘からリードの育成、商談、成約まで、営業がこなす企業も多くありました。しかし、販売をもっと科学的な仕組みと捉える現在のビジネスの現場では、このような営業主導な販売はかなり減ってきています。
ここで、マーケティングと営業の違いを分かりやすく分けると
マーケティング ➡ 見込客となるリードを獲得する(案件化)
営業 ➡ リードを成約させる(顧客化、成約化)
ということになります。
これをすごくわかり易い図にすると下のような感じです。
案件化までがマーケティングの仕事になり、その後、案件化したリードを成約させるのが営業の仕事です。
図にすると、何だかわかり易く簡単そうに見えますが、実際の販売・受注の現場はそう簡単ではありません。特にB2Bの場合は、このプロセス自体が長期化することがほとんどで、商材によっては、1年以上から数年にわたるケースもよくあります。そのため場当たり的な営業ではなく、このセールスのサイクルを掌握できる体系化された仕組みの中で動くことも必要になります。
そこで、まずは、マーケティングの基本中の基本として、覚えておきたいのが、SQLやMQLというキーワード、そしてABMやADRというセールス&マーケティングのシステムです。
■SQL = Sales Qualified Lead(営業に値するリード)
主に日々の営業活動から発生した「案件」のこと
例えば、営業担当者が企業を訪問した時に、「この部分ってもっと改善できませんかね?」「ここの素材を合成樹脂に変えられますか?」「こんなカスタマイズもお願いできますか?」「1週間後の納品に間に合いますか?」「まとめて1万セット注文したら、どこまで値下げしてもらえますか?」など、訊かれることもよくあります。つまり、「こうしてもらえるなら買いますよ」というような具体で比較的直ぐに契約がまとまりそうな案件のことです。ホームページなどを見て、新規で入ってくる注文に直結するような問い合わせも、この部類に入ります。
こういった案件は、お客主導で動くので、付加価値をつけるなどクロスセルやアップセルの提案はしづらく、案件そのものを膨らませることは難しいですが、よほどのミスがない限り、比較的高確率で短いサイクルで制約になるというメリットがあります。営業にはとても美味しい案件です。
■MQL = Marketing Qualified Lead(マーケティングに値するリード)
マーケティング戦略や活動で創出された案件のこと
例えば、●ウェブで広告を打って集めたリスト、●オンライン/オフラインなどで無料オファーに登録させて獲得したリード、●SEOやリスティング広告で検索エンジンからホームページやランディングページに流れてきたリード、●展示会で集めた名刺やアンケート、●過去に成約に至らなかったお客のリスト、●セミナーの参加申し込みリスト、●チラシなどで集めた問い合わせのリスト・・・等々、オフラインとオンライを駆使して集めたリストを、デジタル化して統合し、整理した見込客のデータベースに基づき、メルマガやブログ、SNS、講座や教材、動画、セミナーやウェビナーなどで啓蒙・育成(リードナーチャリング)して、個々の見込客の反応や属性などを総合的にスコアリング(得点化)して導いた案件や、さらには、必要に応じて電話などで直接連絡を取り、ニーズを確認した案件です。
マーケティングが一定の戦略に基づき入念に仕組化されたプロセスによって創りあげられた案件ですが、SQLとは対照的に成約までに時間がかかる傾向にあります。せっかく温めて、温めて、育んで、やっと目が出そうな案件でも、お客のニーズが固まっているわけでも、購入の検討が始まっているわけではありません。それどころか、本当に何が必要なかもわからないお客も多く、営業が案件を引き継いでも、そこからさらに数カ月、長い場合は1年以上、数年かけてやっと成約ということもあります。場合によっては、営業の手から離れ、マーケティングに戻され、また、ナーチャリングするということもあります。ただし、一連の啓蒙活動を通して創出された案件なので、商談の主導権は必ずしもお客側にあるわけではなく、付加価値を付けた利益率の高い成約をまとめられる可能性が高くなります。直ぐに食べられるインスタントフードではありませんが、しっかり仕込んで調理すれば、豪勢な料理にもなります。
安定的な成約件数と成約率を高めるには、SQLに頼るのはあまりにもリスクが大きく現実的ではありません。高度成長期とか、バブル期や、バブルの余韻が多少でも残っているときであれば、まだまだ多くの引き合いがあり、SQLだけでも十分な収益を稼ぎ出せましたが、今は、そんな時代ではありません。特にリーマンショック後、この傾向は顕著になっていますので、売り手自ら、新しい見込客や案件をどんどん見つけなければなりません。だからこそ、いかに多くのMQLを獲得することができるか、その仕組みが作れるかが、ますます重要になってきます。今、多くの企業は、このMQLというマーケティングに力を入れるようになっています。
さて、SQLとMQLについてはご理解頂けましたか?
つぎは、B2Bの営業でよくある、マーケティングと営業のギャップについて、お話します。実際の販売の現場では、マーケティングが一生懸命集めた案件に対し、営業の成約がなかなか伸びないという問題がよく起きています。つまりMQLに対する成約率が低く、思ったほど営業成果があがらないのです。一体なぜなんでしょうね?
そこで、必要となってくるのがAMBとADRという考え方や仕組みです。
■AMB = Account Based Marketing
ターゲットとして個別具体的な企業・団体(アカウント)を明確に定義したうえで、その「アカウント」の観点から戦略的にマーケティング活動を展開する手法
従来のセールスファネル式のお客を振るいにかけ、最後まで残ったお客を案件として営業に渡し、セールスを行う手法に頼るのではなく、営業とマーケティング、ひいては多くの部署や経営を巻き込んだコンセンサスに基づき、会社として顧客化する属性や特質などを設定し、それに合致する案件を創出するマーケティングです。
おそらく、マーケティングを学び、実践してきた多くの方は、これまでのセールスファネル式のマーケティングに慣れているのではないでしょうか?マーケティング先進国アメリカで開発され、長年に亘り世界のマーケティングの現場で実施されてきた手法ですが、どうも、このマーケティングが機能しなくなり始めています。特にB2Bの現場ではこの傾向はさらに顕著です。何かセールスファネルに代わる、あるいは、それを補足する効果的なマーケティングの仕組みを新たに検討し、取り組む必要がありそうです。
MQLでの大きな課題は、案件を営業が追客しないことです。営業をかけなければ成約にはならず、成果を生み出しません。
米国のあるマーケティング調査会社が行ったセールスに対する調査によると
マーケティングが創出する約80%のリードは案件化とは言えない
マーケティングが案件化したリードの50%は営業に無視される
という意識を営業が持っているという結果が出ています。営業とマーケティングの案件に対する考え方に大きなズレが生じています。つまり、そもそもマーケティングが持ってくるリードでは契約は取れない、と言う意識が営業に根付いているというのです。このギャップを取り除かない限り、両者の溝は永遠に埋まらず、マーケティング活動も、営業活動も大きな無駄になり、非効率な現場になります。
そこで、少なくともマーケティングと営業の間では、事前にしっかりとコミュケーションをとり、共有された認識に基づき、狙うべき理想的な顧客像を予め定めた上で、MQLを獲得する仕組みと戦略を考え、構築する方法が必要になります。さらに言えば、理想的な顧客層は、マーケティングと営業間に留まらす、会社の戦略としてコンセンサスを築き、全社的に攻めるという考え方です。
ペルソナを会社一丸で考え、築き、その一点に集中してマーケティングを行う、そんなイメージと言えます。
もともと、コンセンサスでビジネスを行うことは日本人が得意としていましたが、今では多くのアメリカのビジネス、とくに新興型のビジネスが徹底的にこのADMを取り入れたマーケティングを実践し、大きな成果を上げています。
■ADR = Account Development Representative
マーケティング部門が創出した有望見込み客リスト(MQL)を営業や販売代理店に配分する役割を担うポジション
MQLの多くが営業によって無視されるという現状があったということは既にお話しましたが、これは、それまでのセールスファネル式のMQLでは、有望なリードを発掘しづらくなっており、営業もそう認識しているためです。つまり、これまでマーケティング担当者が信じてきたマーケティングの理論と仕組みで、忠実に、そして一生懸命集めたリードが、実は既に営業には受け入れられないリードになっていたのです。セールスファネルが無効ではなく、新たなセールスファネルの仕組みが必要になったということです。
そこで、ABMという発想が生まれ、会社として獲得すべき戦略的な顧客層を明確に築き、そこに集中してMQLを創出する方向にシフトし始めています。実際にアメリカではこの新たな手法で、成功している企業が多く現れています。日本でも必ずその動きになります。
その時、必要なのが、マーケティングと営業をつなぐ調整役的な存在です。それがADRです。例えば、テレビ番組の撮影現場では、プロジューサーの考えや、多くの出演者やスタッフをまとめ、番組の趣旨通りをスムースに進行するディレクターが必要です。システム開発や導入の現場では、取り決めた仕様や納期、条件に基づき、顧客側やエンジニア、その他多くの関係者の間で調整役となり、プロジェクトを進行させるプロジェクトマネージャーが必要です。
ADRも会社で決定した方針と戦略に基づきMQLを発掘し、成約率を上げるためにマーケティングと営業の現場を調整します。例えば、営業が多くいる会社では、ADRがMQLを適材のセールスに振り分けたりします。個々の営業にも得意分野や顧客に対する得手不得手がありますから、一定のルールで営業に渡すのではなく、特性を考慮し、案件を配分するという考え方です。
また、マーケティングに取りストレスで不安を感じさせるのは、案件の進捗状況がわからないことです。
「えっ、そんなこと?」と思われるかもしれませんが、おそらく多くの企業の方も実際に経験されているのではないでしょうか?例えば、「先月のリストはその後、どんな感じですか?」と尋ねると、「あぁ、あれ、あれ見込ないわ」とか、「まだまだだね」とか、「思ったのと違ったよ」とか、「あの会社は小さすぎるね、予算持ってないよ」、「あそこの部長だめだよ、話を進めてくれないよ」など、営業にのらりくらりと交わされることがあったりしませんか?
さらに追及すると、実は「電話してなかった」とか、「一度訪問したきりで、フォローしていない」とか、「その前の案件の対応で忙しくて、まだ回れてないよ」、「今は引き合いがいっぱいだから、そんなの手をつけている場合じゃないよ」なんて、言われると、一生懸命集めたマーケティングとしては、やる気をなくしてしまいます。
「今は、多くの企業でSFAなどのシステムを導入して、社内で営業の進捗状況を共有確認できるから、そんなことは起きないよ」と、いう意見もありますが、本当にそうでしょうか?システムの導入で、機能そのものが形骸化していませんか?
ADRはそんなマーケティングと営業の間に入って、営業がMQLに対して、しっかりと営業をかけ商談し、フォローし、成約する、あるいは失注するまでの流れを、把握、管理し、必要に応じ営業に指示する役割を担います。また、営業の活動や顧客の状況や反応をマーケティングにもフィードバックし、互いのギャップを埋め、同じベクトルで業務を進行させるサポートを行います。(実際にADRがどこまで関与するかは、事業者により異なります)。
マーケティングや営業の管理者(責任者)ではなく、第三者の立場でADRという専門職のポジションを新たに設置するところが、いかにもアメリカ式発想ですが、アメリカでは大きな効果が表れています。
日本でもこのまま取り入れられるかどうか、あるいは、会社の規模や人員の確保など、各事業者での工夫も必要になりますが、MQLを創出することはこれからのマーケティングでは鍵となります。また、仮にリソースの問題などでADRというポジションを作り人員を割くことは難しくても、ABMの観点をしっかりと取り入れ、案件をしっかりと成約に結び付ける営業活動は、必ず、成果を生み出すことになります。
ここ数年、日本でも注目を浴びているコンテンツマーケティングという、マーケティングの手法も、このMQR、ABMの考え方がベースにあります。さらにADRという考え方を取り入れ、上手に機能させれば、より成果を出すことも可能です。
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